すっかり衰えた百年目にして
iPad というパイオニアのおかげで
ちゃんと読み書きできるようになった」
| — | iPad に夢中の 99 歳 « maclalala2 (via kml) (via appbank) (via yaruo) |
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| — | 2010-04-21 - なんでかフラメンコ (via rpm99) (via lotaki) (via handa) |
音楽業界の内部の情報筋が、匿名を条件にこんなメモをくれた:
AppleやWalmartのような繁盛店で買った音楽ファイルには、買い手の名前や購入時の取引情報が秘かに埋め込まれている。公式の利用約定には、そのことは一言も書かれていない。また、サポートの文書にもない。ネット経由で受け取るレシートにも、そのことの明記はない。ほとんどの消費者はそのことを知らないが、音楽業界が音楽ファイルの監視を今後一層強化しようとするときには、それが各個人にとって重大な意味をもってくることもありえる。
その仕組みはこうだ。音楽ファイルを買うときには、買い手の名前や取引の識別情報…売上番号日付時刻カード情報など…が売る側の手中にある。彼らは曲をダウンロードさせる前に、そのファイルにこれらの識別情報を専用のソフトを使って埋め込む。埋め込まれたデータを買い手が簡単に見ることはできないが、そのファイル内の位置などの技術情報を知っている人なら読める。ごく少量の文字データが音楽データ中にあっても、音質に影響を与えることはないが*1、ファイル中に永遠に残るから、相当あとからでも、誰が買ったファイルか調べることができる。
販売サイトは黙っているが、彼らがやってることの証拠は山のようにある。たとえば簡単なファイル比較ソフトを使って*2、違うアカウントで買った2 つの同じ曲を比較すれば、両者の違う箇所、すなわち個人情報の箇所のデータとその所在場所を出力してくれる。いくつかの販売サイトにメールで、そういう埋め込み行為をやっているか、やっているならどんな情報を埋め込んでいるか、問い合わせてみた。返事をくれたのは7digitalだけで、同社はそれ的なことは一切していないと言っている。販売業者は、個人情報の埋め込みがレコード会社の“販売許可条件”の一環であることも、明かそうとしない。
一部のレコード会社は、将来DRMを復活させて、そのときに、埋め込んだ個人情報を利用したい、と企んでいる。レコード会社は、ユーザが購入した音楽を聴く場所を制限したいという野望を持っているが、今は正々堂々と正面からそれをできないから、いわば秘密の裏口として、個人データを内緒で埋め込んでいるのだ。たとえばクラウド上に個人のライブラリができたときには、本当にその人が買ったファイルだけか?!ということを簡単に確認できる。もし、別の人の情報が見つかったら、アクセスを拒否することもできる。Lala(オーナーがApple)は、そういうネットワーク上のDRMシステムの特許をもっている。
将来のDRMに利用するためには、レコード会社としては全販売サイトにこの裏口作りをやってもらわなければならないが、Napster、 Amazon、それにイギリスの7digitalなどはレコード会社の要請に抵抗してクリーンなMP3ファイルを売っている。これらから音楽ファイルを買えば、ユーザ情報は埋め込まれていない。AppleとWalmartはレコード会社の圧力に屈して、個人情報を埋め込んでいる。
販売サイトやレコード会社に、そういう汚れたファイルを売る権利がもしもあるとしても*3、事前に当事者の許可を得る義務があるはずだ。消費者がいいですよと言ったら、ダーティーなMP3を売ればよい。オンライン書店Barnes and Nobleが、本のページに購入者の名前をプリントしたら、それはその本の価値に影響するから大事件だろう。MP3ファイル上の電子透かしは、お客に告げずにこそこそとやっているし、将来の締め付けにも利用されうるから、それよりもずっと悪質である。レコード会社は、クラウド上の売り手たちに将来その情報を使わせる計画があるなら、そのこともまた、事前に公表すべきだ。
| — | MP3ファイルには個人情報の電子透かしあり, クラウドに対するDRMに利用されそう (via burnworks) (via pdl2h) (via yoosee) (via zunda) (via otsune) (via hanemimi) (via yuco) (via handa) |
「春眠暁を覚えず」 といって、これは 「春は眠い季節」 ということを表すものと思われているが、本来の意味はちょっと違っていたもののようだ。ちなみに、この言葉の出てくる孟浩然の『春眠』 という漢詩は次のようなものである。
春眠不覺暁 【春眠 暁を覚えず】
處處聞啼鳥 【処処 (しょしょ) 啼鳥 (ていちょう) を聞く】
夜来風雨聲 【夜来 (やらい) 風雨の声】
花落知多少 【花落つること 知るや多少 (いくばく) 】
夜が明けたことも知らずに眠っていた。気が付けば鳥が鳴いている。夕べは風雨が強かったので、花は散ってしまったかも知れない ―― というような意味合いだろう。今のフツーの感覚からすると、「春って季節は眠いから、ついつい寝坊してしまうよ」 ということと思われがちだが、次のような異論がある。
【理系視点からの異論】
「ズブズブに理系でいこう!」 というユニークなブログの東大井真知男さんは、次のように書いておられる (参 照)。
仮に毎朝同じ時刻、6時に起きるものとしよう。その場合、冬の間は、起きた時にはまだ夜明け前だ。 ところが、だんだんと春になってくると、起きた時にはもう夜が明けている。
この句はそういう意味だ。つまり、「春になって日の出時刻が早くなった」という意味だ。決して、春はついつい朝 寝坊しがちだ、というような意味ではない。
なかなか理系らしい視点で、理路整然としている。思わず膝を叩いて納得してしまいそうだ。しかし私としては、この指摘に関する限り、賛成しない。
この漢詩の作者である孟浩然は唐代の人で、西暦 689年に生まれ、740年に没している。この時代に現代のような時計があったわけがなく、中国では水時計や香時計などが使われていたが、正確に午前 6時を告げることはできなかっただろうという歴史的限界がある。
当時、一般には夜明けから日没までを日中とし、日が沈んでいる間を夜として、その間の時間をそれほど厳密に刻むことはしていなかった。普通には、太 陽の位置を基準に時を知るという時代だった。つまり、「午前 6時」 は太陽の位置に先立たなかったのである。むしろ、太陽が午前 6時の位置に来たときが 「午前 6時」 だったのだ。
というわけで孟浩然の時代には、現代のような意味での季節に関わらない 「午前 6時」 という時刻を人々が認識して、その決まった時刻に起きるというようなことは、あり得なかったろうと思われるのである。
【文系視点からの異論】
まあ、これは 「文系」 というよりは 「考証学」 的な視点という方がいいかもしれないが、基本的に、多くの人々が夜にぐっすり眠れるようになったのは、たかだかこの 200~300年ぐらいのことだという指摘がある。
それ以前は、農業をしていれば、イノシシなどの野獣が畑を荒らすのを防ぐために、眠るともなく聞き耳を立てていなければならなかった。夜というの は、油断のならない時間帯だったのである。また必ずしも用水路が整備されているわけではないから、夜の風雨の心配もしなければならなかった。
用水路だけではない。雨漏りがしたらすぐに応急修理をしなければならない。さらに、夜は敵軍が夜討ちをしかけて来かねない。常に用心怠りなく、何か あればすぐに飛び起きなければならなかったのである。人々が夜にぐっすり眠れるようになったのは、厳しい自然や敵軍を常に相手にしなくても済むようになっ てからのことだというのだ。
ただでさえぐっすり眠れないのに、ましてや冬の間などは、寒くて熟睡などできない。今のしっかりした住宅でさえ、真冬ではあまりの寒さに目を覚まし てしまうことがある。昔の華北の内陸部では、一番冷え込む夜明け前に、寒くて寝てなんかいられないなんてことになるのは、しょっちゅうだったろう。
ところが、春になって世の中が暖まってくると、夜明け前に寒くて目が覚めるということはあまりなくなる。ふと気が付けば風雨が止んでいて、夜が明け て鳥が鳴いているというようなことに、そこはかとない喜びを感じるようになったりする。
この漢詩は、そうした感慨を歌ったものだと解釈するのが自然だろう。つまり、「春は眠い」 というよりは、「夜明け前に目が覚めなくても済む暖かさになった」 ということなのだ。
| — | 「春眠暁を覚えず」 の意味合い: tak shonai’s “Today’s Crack” (今日の一撃) (via petapeta) (via yaruo) |
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